| Last update 2000.04.13 | |
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女性“滑空”パイロット対談 フォーラムでは、グライダー:森中玲子さん(早稲田大学航空部出身。11個の日本記録保持者でアクロバット飛行でも知られる。日本婦人航空協会理事)、パラグライダー:田中美由喜さん(1989年の第1回世界選手権から昨年の第6回大会まで連続日本代表。91年の第2回世界戦は女性2位、93年は女性3位、95年は女性2位と3大会連続で表彰台に。日本ハンググライディング連盟理事)、ハンググライダー:郷田摩純さん(大学時代に日本選手権に出場して以来、10年以上、女性ランキング1位を保持。1993年の女性世界選手権では総合第6位に入賞)
競技をしていくうえで努力していること 競技経験が長く、今も現役でいる田中さんは「世界戦でいつかは優勝するぞ!」という目標をたてて若者たちと頑張っている様子を教えてくれました。「まずは体力をつけること。あとは競技中も平常心で飛べるために、どんどんヨーロッパなど海外に行って精神面を鍛えること」。場数を踏むため競技会へはどんな都合をつけてでも行く、など力強いお言葉でした。田中さん自身も早くから一人でヨーロッパを転戦していた経験から、物怖じしなくなったそうです。 結婚と育児、フライトの両立 5歳のお子さんがいらっしゃる郷田さんは、出産によって「競技を続ける」気持ちが薄まり、子供や家庭のことを大事に思うようになったそうです。ですが、「子供がいて飛ぶか飛ばないかはその人の気持ち次第」とコメント。海外では大会に子供連れで来ている女性選手を見かけたそうで「飛ぶことが楽しいかどうか、自分に必要かどうかが問題であり、子供がいるから、というのは余り関係がないのでは?」とおっしゃられていました。 ブランクの不安 大学を卒業後、しばらくグライダーから遠ざかっていた森中さん。あるときたまたま飛びに行くと、思ったよりフライトを忘れていなかったそうで、「海外では子育てが一段落したら始める、などという人がほとんど。私は自分が飛びたくなったときに飛べればいい、ぐらいのスタンスでやっている。ブランクはあまり気にしなくていいのでは?」とアドバイスされました。 飛ぶ環境の整備や受け入れクラブの拡大 田中さんによるとパラグライダーでは若い女性の比率が高く、山の上でもトイレを設けたり、ゆっくりくつろげる場所をつくったりするなど環境整備を重視しているそうです。実際に田中さんの教えるスクールでも施設の充実を進めていて、スクール施設を広めにとって中でゆっくり休めるなどしたところ、小さい子供を連れてくる人が増えたと言います。また郷田さんは広島のあるクラブを訪れたところ、飛ばないのに料理だけをするおじさんやただお酒を飲んでいるだけの人など、さまざまな人がたくさん集っていて感心させられたそうです。「飛ばなくても空の話を聞いたり、昔話をしたり、じゃあ今度いっぺん飛んでみようかなと思ってみたり。いま飛んでいないけれど、いられる場所があったらいいんじゃないかな」と話されていました。 これからの夢や目標 フォーラムの翌週、ブラジルでのワールドカップに出かけた田中さんは「まだまだ夢は捨てていません。やはり世界選手権などでトップに立ちたい。毎年、世界戦が終わると、もうやめようかな、と思うけれど、やっぱり競技で飛ぶのが楽しい。あとは後進の指導。男性でも女性でも世界に伍してやっていける仲間を指導していきたいですね」。郷田さんは「競うことの楽しさも、飛ぶこと時代の楽しさも、自分の中で再認識してフライトを再開したい。またたくさん仲間が増えていくように、人の輪をつくっていく先がけになりたいと思います」。最後に森中さんは「婦人航空協会などの活動を通し、仲間のネットワークをつくっていきたい。ほかの人はどういうふうに飛んでいるんだろう、自分はこういう環境でいいんだろうか、などの不安や悩みをネットワークをつくることによって解消したいからです。個人的には千キロが究極的な目標。そこからパイオニア・スピリットがあふれる素晴らしいフライトに挑戦していきたいです」。
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